敏腕社長に拾われました。

人間驚き過ぎると声が出なくなるってよく言うけど、まさしく今の私がその状況に陥っている。口はパクパク動いているのに、声はまったく出てくれない。

永田さんはそんな私を見てせせら笑うと、胡桃ちゃんには聞こえないような小さな声で耳元につぶやいた。

「痛い目に遭いたくなかったら、余計なこと言うなよ」

最後にわざと耳に息を吹きかけると、嫌味たっぷりの顔を見せた。

その瞬間、体に寒気が走る。

また痛い目とか言うなんて、やっぱり永田さんって最低。ここが会社の敷地内じゃないければ文句の一つも言いたいところだけど、今は人の目が多すぎて何も言うことができない。

「あれ~。永田さん、おはようございます。どうしたんですか、今日はちょっと遅いですよね?」

胡桃ちゃんが声をかけると、永田さんは私からサッと離れていつものクールな彼に早変わり。

「長坂さん、おはようございます。今朝は早朝会議がないので普通出勤です。では、お先に失礼」

胡桃ちゃんと挨拶を交わすと、もう一度私を見てから本社棟の中へと入っていった。

何、今の冷たい目。『俺のこと絶対に話すなよ』と忠告でもしたつもり? さっきは驚いて何も言えなかったけれど、そんな脅しに私は絶対に負けないんだから。

「智乃ちゃん? さっきからずっと怖い顔してるけど、永田さんと何かあった?」

胡桃ちゃんは私の顔を覗き込むと、心配そうな顔を見せる。

「え? ううん、なんにもないよ。そんなことより早く行かないと、宮口さんに怒られちゃう」

やっぱり今は、まだ話し時じゃないのかも。

何事もなかったように答えると、胡桃ちゃんの腕を引っ張って歩き出した。



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