敏腕社長に拾われました。

「そうですか、分かりました。では智乃さん、あなたに一つお願いがあります。聞いて頂けますか?」

詩織さんは目を閉じたままそう言い、次に目を開くとその表情は一変した。挑戦的な鋭い視線に身がすくむ。

詩織さんのお願い。それが何かわからないけれど、小さく頷いてみせると詩織さんを見据えた。

「虎之助さんを、私に譲って下さい」

織さんの直球な言葉に、しばし言葉を失う。

虎之助を譲る? 私が詩織さんに? なんで? どうして?

詩織さんに虎之助の婚約者かと聞かれて私は『はい』と答えたのに、どうしてその婚約者を譲らなきゃいけないの? それに虎之助は物じゃないんだから、譲るなんて言ってほしくない。

この話の当事者の虎之助がいないところで『譲る』『譲らない』もおかしいけれど、ここでの答えはNO!

「譲れません」

ひと言だけ言って立ち上がると、休憩所を出ようと歩き出す。

「そう、残念。でもあなたでは、彼を支えられないわ」

私の背中に向って放たれた言葉に、ドアに向っていた足が止まった。

私には虎之助を支えられない?

詩織さんの言葉を聞いて、永田さんに言われた言葉が頭の中に蘇る。

おまえには似合わない相手──

自分自身で虎之助には不釣り合いな女と自覚しているだけに、詩織さんの言葉も永田さんの言葉にも反論できない。



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