敏腕社長に拾われました。

足が止まったまま振り返ることもできない私に、詩織さんは言葉を続けた。

「今の彼に、あなたは必要かもしれない。でも将来的なことを考えたら? 虎之助さんは、今の地位のままで終わる人じゃない。もっと大きく成長するためには何が必要なのか、あなたには分からないの?」

詩織さんの口調はあくまでも優しくて、私を諭すようにゆっくりと語っていく。言ってることは私を打ちのめすのに十分なもので、返す言葉もない。

それでも言われたまま終わるのは嫌で振り返ると、私のことを直視していた詩織さんと目が合った。

「詩織さんの言いたいことはわかります。でも……」

「あなたさえ現れなければ、私たちは結ばれていた。あなたが虎之助さんの前から消えてさえくれれば、問題はすべて解決するの。お願い、彼を私に返して」

懇願するような詩織さんの目に負けそうで、慌てて目をそらした。

私がいなければ……。

そんなネガティブなことまで考えてしまうほど追い込まれ、さっき『譲れません』と言った気迫はどこかへ行ってしまう。

「今ここで答えを出してとは言いません。彼のことを本当に想っているのなら、どんな選択肢が一番いいのか。よく考えてみてください」

何も言えないでただ立ち尽くすしかない私に詩織さんはそう言うと、一礼してパウダールームから出て行った。



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