敏腕社長に拾われました。
このマンションから『アメリア製菓本舗』までは、近くを走っている電車に乗って終点まで。そこから徒歩でも会社には行けるけれど、専用のバスも出ているらしい。それに乗って行くとしても、八時半までに出勤するなら一時間前にはここを出なくちゃいけないか……。
宮口さんからもらったパンフレットに目を通しながらそんなことを考えていると、突然睡魔に襲われて私は深い眠りについた。
予定通り、六時にセットしておいたスマホのアラームが鳴る。
相変わらず目覚めのいい私はすぐに起きようとして、あれ?っと起きられないことに気づいた。
私、誰かに抱きしめられてる? 背中がなんだかあったかい……。
胸元に目線を下げれば、私の体にギュッと巻き付いている腕。それは程よく筋肉のついた明らかに男の人の腕で、下半身に意識を移せば足も絡みついている?
だ、誰?
恐怖で身動きができず小刻みに体を震わせていると、耳元に息づかいを感じて身を竦ませた。
「智乃、おはよう」
え? 今、智乃って言った? しかも、この声ってもしかして……。
「虎之助!?」
「俺以外に誰がいるっていうの? なに、誰かもわからないっていうのに黙って抱かれてたわけ? ふ~ん……」
虎之助は不服そうな声を出すと、私の体を力いっぱい抱きしめた。
「ちょ、ちょっと虎之助、苦しいんだけど……。っていうか、なんで私は虎之助に抱きしめられてるわけ?」
苦しいって言ってるのに虎之助の腕の力は、一向に緩む気配がない。どう頑張っても抜け出せそうもない虎之助の腕に、諦めのため息をついた。