敏腕社長に拾われました。
「そんなため息つかないでよ。俺、出張で疲れてるの。ご主人様の疲れた体を癒やすのも、智乃の役目でしょ?」
虎之助はそう言って、私の髪にチュッと音を立ててキスをする。
確かにこのマンションの持ち主は虎之助かもしれないけれど、私のご主人様じゃない。仕事で疲れてるっていうのもわかるけれど、その疲れを取るのも私の役目って、いつ誰がそんなこと決めたの?
虎之助の言ってることはメチャクチャで、到底理解できることじゃない。
それなのに……。
背中から伝わる温もりと鼓動に自然と体の力は抜け、安心し始めている自分がいた。
こんなこと最近まで一緒に暮らしていた浩輔にだって、近頃は感じることなかったのに……。
不思議な気持ち──
ふわっと気持ちよくさえなってきてしまい、ウトウトとまどろみかける。でもその時、スヌーズ設定してあったスマホが、再び鳴り始めた。
「あ、そうだ! 虎之助、出勤の準備しなきゃ遅れちゃうよ。離して!」
「今何時?」
「六時十分」
「まだ全然余裕でしょ。どうせ車で行くんだし」
「私は社長じゃないから、電車で行くよ。だから離して」
「イヤ」
イヤッて……。二ヶ月後には三十歳になろうとしている男が、『イヤ』で物事を片付けようとしないでほしい。こんな姿を高城常務が見たら驚いて、きっと泣くよ。