冷徹なカレは溺甘オオカミ
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「──だから、ねぇ、印南(いなみ)くん」
ふたりきりの会議室に、わたしのわざと甘くした声が響く。
壁に追いつめた目の前の人物のネクタイへ、そっと指先をすべらせた。
少し視線を落とせば、彼が首から下げた社員証が目に映る。
わたしのものと同じデザインのそれには、さらにわたしのものと同じ【株式会社 九条物産】の社名と──彼の名前、【印南 大智(いなみ だいち)】の文字。
相手がふたつ年下といっても、そこは男女の差というもので。後輩である彼の顔は、自分よりもずいぶん高い位置にある。
社員証の写真と同じ、端整だけれど無表情なその顔を見上げ、わたしは微笑んだ。
「これは、業務命令なの」
無言のまま、視線を逸らさない彼が、ゆっくりとまばたきをする。
……ああ、印南くんって、意外とまつげ長いんだな。
そんなことを思いながら、くちびるを動かした。
「……印南くん、わたしの──……」
──“その言葉”を口にしたら、彼はどんな反応をするだろうかなんて。そんなことは、考えていなかった。
ただ、このときのわたしは二日酔いの頭で週末2日間を悩み抜いたせいか、ものすごく寝不足でコンディションは最悪で。
もはやまともな思考なんて持ち合わせていなかったのだということは、断言できる。
……でなければ、まさか職場の後輩くんにあんなことを命じてしまうとは。
自分のことながら、言い訳が思いつきません……。
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