冷徹なカレは溺甘オオカミ
彼に促されて、床に放りっぱなしだったバッグを引き寄せた。

初めて押す110番に連絡して、たどたどしくも今の状況や自分の住所を説明する。

すぐに来てくれるとの言葉に安堵しながら、わたしは通話終了ボタンをタップした。



「まずは、一安心ですね。床は冷たいでしょう。柴咲さん、立てますか?」

「あ、うん」



印南くんに支えられながら、ゆっくりと立ち上がる。

まだ、身体の震えは止まらない。ふらついたわたしの肩に手を回して、彼が抱きとめてくれる。


──よかった。印南くんが来てくれて、本当に、よかった。

わたしひとりでは、きっとただ、泣きながら震えているだけだっただろう。迷惑をかけて申し訳ないと思う以上に、彼がいてくれて心強いと思う。

電話をしている間に、散らばっていたバッグの中身も拾ってくれていたらしい。印南くんの手には、わたしと彼のふたつのバッグがあった。



「あ、あの。印南くん、ありが──」



彼を見上げて言いかけたお礼は、そこで途切れる。

印南くんの背後、階段の前に──黒い服に黒いズボン、目深にキャップを被った異様な雰囲気の男性を、見つけたから。


硬直したわたしに、異変を感じとったらしい。彼はすばやく振り向いて、わたしを自分の背中にかばった。
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