冷徹なカレは溺甘オオカミ
「誰だ?」



初めて聞く、印南くんの鋭くて低い声。

わたしは彼の背中に隠れながら、ぎゅうっと胸の前で自分の両手を握りしめた。



「オマエこそ、誰だよ。なんでオマエみたいな男が、シュウカちゃんのそばにいるんだよ」



ねっとり耳をつく男のセリフに、また身体が震える。

聞いたことのない、声だ。まだ、若い人の声。おそらく、面識はない。

ああ、あの人が、バラの差出人。わたしの部屋の鍵を、こじ開けようとした人。



「シュウカちゃんは、オレのモノだ。オマエ、オレのモノに触ってんじゃねーよ!」

「黙れ。あんたが妄想するのは勝手だけど、それに彼女を巻き込むな。このまま警察につき出してやる」

「はっ、ケーサツ? こわくねーよんなもん!」



チャキ、と、音がした。

目を凝らして見ると、男の右手に、ジャックナイフが握られている。

「ひ、」と、口元を覆った手の隙間から短い悲鳴があがった。



「殺してやる!!」



男が叫んだと同時に、印南くんがわたしを後ろに突き飛ばした。

衝撃に顔をしかめたわたしの視界に、ナイフをかざした男がまっすぐ印南くんめがけて駆けてくるのが映る。


声にならなかった。床に手をついて上半身を起こしたわたしは、目を見開く。

奇声をあげてつっこんでくる男。その手に握られたナイフごと、印南くんがビジネスバッグを盾にしながら受け止めたのが見えた。
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