冷徹なカレは溺甘オオカミ
「──印南くんッ!!」



ぐら、と衝撃に傾きかけたと思われた彼の身体が、すばやく動く。

またもやバッグを放り投げた彼は、一瞬体勢を低くしてから力強く男の胸ぐらと右肘を掴んだ。

そのまま、上体をひねる印南くん。宙を舞う、男の身体。

つっこんで来た男の勢いを利用して、印南くんは──見事な背負い投げを、決めてみせた。



「………」



たった今自分の目の前で起こった出来事をすぐには理解できなくて、呆然とする。

そんな中でも冷静な印南くんはのびている男を乱暴に転がしてうつぶせにすると、その手を後ろにひねりあげて背中にどっかりと座った。



「まあ、とりあえず、これで動けないとは思いますけど」

「い、印南くん……ケガ、は?」

「ないですよ。俺の仕事用カバンはご臨終ですが」



ちらりと彼が視線を向けた先には、深々とナイフが刺さったままのバッグが転がっている。

その光景にぞっとするも、印南くんが無事だったことには心の底から安堵して、大きく息を吐き出した。



「よかった……印南くんが、ケガなくて……」

「……すみませんでした。突き飛ばしたりして」

「ううん。ありがとう」



そこで初めてわたしは、今にも泣き出しそうながらも笑みを浮かべることができた。

とっさにわたしを自分から遠ざけたのは、間違いなくわたしを守るためだろう。

印南くんは申し訳なさそうにしているけど、責める理由なんてない。
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