自白……供述調書
「先程のお話しの中で、不審人物の体格を想定するのに、二人の男性と女性を見せられたとおっしゃってましたが、今、この男性を御覧になって、私が同じ質問をしたとしますと、どうでしょう?」

「異議あり」

 この日、初めて田所検事正が手を挙げた。

「今のような証言の求め方は、証人の錯覚を引き起こし、あたかも被告人がその不審人物とは別人であるという方向に誘導しております」

「弁護人、どうぞ」

「はい、この裁判の争点は何でしょう?
 一審の判決に対し量刑不当を求めている訳ではありません。無罪を主張している訳ですから、我々は被告人が目撃された不審人物とは別人であるという証明をして行く事は当然の権利であります」

「判りました。検察側の異議を却下致します。弁護人、続けて下さい」

 森山は、大越裁判官の言葉を聞いてホッとした。

 此処で検察側の異議が認められては先行きが怪しくなる。

 一方、田所検事の表情は変わらない。

「ありがとうございます。先程、検察側から錯覚という言葉が出ましたが、そうなんです、この場所を当日の状況に見立てて、被告人がその不審人物と同一人物かどうかと尋ねる事に無理があるんです。
 証人が不審人物とすれ違った時間は夜の9時半近く。バス通りから一本中に入った路地です。しかも屋外。この場所とはまるで正反対の状況下です。
 人間の目は、暗い場所で物を見た場合、その対象物は実際の大きさよりも小さく見えてしまいます。反対に明るい場所ですと、光りの反射作用もあり、実感より大きく見えてしまう場合もある。ですから、先程証人が、距離感で違うと言われたのは、間隔の問題では無く、対象物の大きさで距離感を取ってしまったからなんです。
 もう一度伺いますが、貴女がその夜すれ違った不審人物と、こちらの被告人とでは、身長、体格において差があると思いませんか?」

「はい、あ!?あのぉ……」

「どうされました?」

「私がすれ違った場所のすぐ横に、自動販売機がありました。その人、丁度ジュースが並んでる高さに顔が……」

 森山は、しめたと思った。


< 118 / 210 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop