自白……供述調書
「私も一時は手を引くべきかと考えた。しかし、ここで手を引けば、子供がおもちゃを飽きたからと放り出すのと同じだ。
 君はこの事件を冤罪だと信じ、自ら手を挙げ取り上げたんだ。それを白が灰色に変わった程度でグラついては、弁護士としての職責を棄てるようなものだよ。
 いいかね、世の中の全ての物とは言わないが、物事を白と黒との二つに分けるなんて事は出来ないんだ。六法全書をもう一度隈なく読んでみたまえ。どれだけの矛盾が潜んでいる?
 どうしてそうなってしまっているのか……それは、人間が人間を裁こうとする為に作った物だからなんだ」

「それじゃ答えになっていない!」

「最後迄聞きなさい。弁護士という職業は、白と信じてた物が本当は黒なんじゃないのかという恐怖との戦いなんだよ。依頼人を信じるのは構わないし、信じてやるべきだ。だが、裏切られる事の方が多いのも事実。それ故、私は必要以上に依頼人を信用しない」

「じゃあ何を信じてるんですか?」

「自分の信念だな。」

「……?」

「この裁判に勝つ、勝たねばならぬと思い込んだら、最後迄勝つ方法を考える。
そして実行する……」

「その為にはどんな手を使っても構わないんですか?」

「その方法が自分の信念を守れると判ったらばな……。
 私は君に同調しろとは言わない。こう見えてもそこ迄傲慢な人間では無いつもりだ。だがね、浅野弁護士事務所には、何人もの人間が関わっている。
 私はその者達を守らなければならない。その使命は、弁護士としての使命と変わらぬ位に重いものなんだ」

 すっかり氷の溶けてしまったグラスを口に運び、飲み干した浅野はテーブルに一万円札を数枚置いた。

「私はこの後用があるから先に失礼するが、君達はゆっくりしてなさい。河岸を変えるなら、並木通りは避けてくれ。私の醜態を見られたりすると威厳に拘わる」

 浅野の最後の冗談を誰一人として笑う者は居なかった。

『椿屋』を出た浅野は、酔いを醒ましてくれる夜風に当たりながら、森山に言った言葉を思い返していた。

 守るべき者の中には君も入っているのだ……


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