自白……供述調書
 刑務官が収容者に自分から名前を名乗るのは珍しい。

 長く収監されていると、自然に名前を覚える事もある。又、刑務官は仕事柄転勤が多い。

 何度か服役した者だと、地方の刑務所で顔を合わせた事がある、といった事もよくある。

 それで刑務官の名前を覚えていたとかの話しはよくあるが、刑務官は、余り自らは名前を名乗ったりはしない。

 私は、それで少し意外に思い驚いたのだ。

「少し、話しをしてもいいか?」

「はあ……」

「着替え終わったら報知器を出してくれ」

 そう言って栗田と名乗った担当は舎房の前を離れて行った。

 何の話しだ?

 マムシの時の事を一瞬思い出した。

 又何か下らない因縁でも付けて俺をいたぶろうって事なのか?

 私は出来るだけ身体をゆっくり拭き、着替える時間を引き延ばすだけ延ばした。

 着替え終わった後も、敢えて報知器は出さず、部屋の壁にもたれていた。

 十五分、いや二十分以上経っただろうか。

 こっちに向かって来る足音がした。

 私の部屋の扉に鍵が差し込まれ、鈍い音を立てて開けられた。

 私は身構えた。

「着替え終わったようだな。いろいろ裁判の事とか聞きたい事があるんだ。少し気晴らしに話しでもしないか?」

「……?」

 予想とは違う雰囲気に若干の戸惑いを感じた。

 無言で私は舎房を出た。

 栗田の態度は、私を何処かに連行するとかのものではなく、面会にでも連行する職員のような雰囲気がした。

 私は、取調室にでも連れて行かれるのかと思っていた。

 舎房廊下中央の担当台の後ろに、小さな部屋があった。スチールのキャビネットがあり、日用品や差し入れ品の預かり分が保管されてあった。

 折り畳み椅子を出され、それに座るように言われた。

 栗田は手に分厚いファイルを持っていた。

「硬くなるな。世間話しをするつもりで、気楽に話して欲しい」

 私はその言葉を聞いても、まだ警戒心を解いていなかった。




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