ワケあり彼女に愛のキスを
「ああ、お疲れ」
正直、そんなに話したい相手ではないため、最低限の挨拶だけ返しコーヒーを口に運ぶ。
せっかくの休憩時間だが、秀一と話して過ごすくらいならすぐに課に戻り仕事をした方が有意義だ。
そう思い、またひとくちコーヒーを飲んだところで、自販機から同じブランドのコーヒーを取り出した秀一が、「ここいいですか?」と向かいに座った。
課があるフロアからそう離れていないカフェスペース。ざわざわという話し声や電話のコール音が小さく聞こえる。
「仕事終わりを待ち伏せしてた彼女とは仲直りしたのか?」
優悟からの問いかけに、秀一は一瞬驚いた表情を浮かべてからそれを呆れた笑みに変えた。
「うわー、噂になってるんですかー。いや、会社前で待ち伏せされてた時にはやばいと思ったんですけどね。すぐに移動したし大丈夫かと思ってたら……北川さんが知ってるって事は結構噂になってるんですね」
まいったなぁ……と困り顔で笑い頭を抱えた秀一を見ながら、優悟がコーヒーを口に運ぶ。
『北川さんが知ってるって事は』と言ったのは恐らく、噂に興味のなさそうな優悟が知っているという事は、という意味での発言だろう。
別に噂になっているわけではなく、優悟が直接見たから知っているだけなのだが……そこは特に否定はせずに黙っていると、秀一がコーヒーを開けながら言う。
「正直、今の彼女と結婚とかは考えてないんで、会社までこられちゃうとマズイんですよね。でも、誰が彼女に美川さんとの事教えたのか不思議です。彼女、違う会社なのに」
「誰かから教えられたって言ってるのか?」
「なんか電話かかってきたらしくて。女の声で、俺が会社の女と付き合ってるってそれだけ言って切れたらしいんですけどね」
「へぇ」とだけ優悟が答えると、秀一はコーヒーを飲みながらひとりで「誰が告げ口したんだろ」とぶつぶつと呟く。
そしてしばらくそうした後、「あ」と小さく声をもらし優悟を見た。