ワケあり彼女に愛のキスを


「舞衣かも」

やれやれといった具合に顔をしかめた秀一が言った名前に、優悟が「は?」と眉を寄せる。

「いや、あいつが早く別れさせたくて告げ口したんかもなーって。今どこに住んでんだか知らないけど、部屋追い出されて困ってるだろうし」

多分そうだと勝手に納得している秀一に、優悟が眉間にシワを増やしグッと奥歯を噛みしめる。
自然と力のこもっていた手で握っていたせいで、コーヒー缶が小さくペコッと音を立てていた。

「困ってるって分かっててよく追い出せるな」
「え?」
「部屋追い出された城ノ内が今どこに住んでるかも気になんねーの?」

目を伏せたまま聞く優悟を、秀一がははっと軽く笑い飛ばす。

「あいつは図太いんで何しても大丈夫なんですよ。だって普通、他の女で遊んできた男を受け入れたりしないでしょ。なのに平気でそれできるんだから普通じゃないんですよ。
傷つきにくいっていうか、その辺すげー鈍感なんじゃないですかね」

カッと頭に血が上りそうになったところを理性で押さえると、抑えこまれた喉の奥で怒りがグツグツと煮えたぎる。
秀一のあまりの言い分に、怒りを表情に出さないようにするのに苦労した。

――舞衣は。
決して普通じゃないわけではない。何度ひどい目に遭わされたって、慣れるわけではなくきちんと毎回傷ついている。それでも、秀一が好きだという想いひとつだけを理由にただ耐えているのに。

ずっと、誰よりも一緒にいるくせにそれさえ分かっていない秀一に、また缶コーヒーが手の中で音を立てた。
言いたい事は山ほどある。怒鳴ってやりたい気持ちも、当然ある。
けれど……。
ぐっとそれら全部を飲みこんだ喉に、胸に、鈍い痛みが走るのを感じながら、優悟がゆっくりと口を開いた。

「もう少し、真面目に向き合ったって罰は当たんないんじゃねーの」

軽い付き合いしかしないと名高い優悟から出た言葉だからか。秀一はキョトンとした後、また笑う。


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