ワケあり彼女に愛のキスを
「全部夢だって事にすりゃいいんじゃねーの。あいつと出逢った時から今日までの長い夢が、覚め始めてるってだけだろ」
舞衣が今耐えている痛みがどれほどのものなのか、想像もつかない。
だからか、壊れ物でも扱うように優しく慰めるように抱き締める優悟に……しばらく黙った後、舞衣がぽつりともらす。
もう涙は止まったようで、その声は多少鼻声ではあるものの涙声ではなかった。
「長い間眠り続けてたんだもん……。もう、夢からどうやって覚めるか忘れちゃったよ」
だから、完全に目が覚めるまで時間がかかっても仕方ないよね、と、そんなような事を言って軽く笑おうとしたのに言えなかったのは。
急に顎を掴んだ指に強引に顔を上げられ、すぐにキスされたからだった。
ちゅっと短く触れて離れた唇に、しばらくの間何が起こったのか把握できずに呆然としてから、舞衣がハッとして優悟を見上げると。
悪びれた様子も見せずに「目、覚めた?」などと聞いてくるから、なんとなく怒る事もできず、舞衣がまだ至近距離にいる優悟の胸に両手をつく。
そして何を言えばいいのか分からずもごもごと口を動かした後、舞衣が何かを思いついたように驚いた表情で優悟を見て眉を寄せた。
「もしかして、王子様気取り? 眠り姫にキスとかそういう……?」
舞衣から出た単語に苦笑しながら優悟が言う。
「俺が王子なのはまだ分かっても、城ノ内は姫って柄じゃねーだろ」
「女の子は生まれた時からみんなお姫様でしょ」
「大事にされた事もないお姫様とか不憫だな」
言ってから、さすがにこれはタイミング的に言い過ぎたかもしれないと一瞬不安になったのだが、舞衣は特に傷ついた様子は見せずに口を尖らせていて。
「うるさいなぁ。女の子大事にもしない王子に言われたくない」
元気よく返された言葉に、優悟がホッと胸を撫で下ろす。
優悟の手はそれぞれ舞衣の背中に軽く回された状態で、抱き締めていた時の名残を残している。
そんな体勢のまま、舞衣が「あ、ねぇ。ずっと思ってたんだけど」と声を弾ませ言う。
その表情にはわずかな不満のようなものは滲んでいたが、悲しみだとかの形跡はもう薄くなっていた。