ワケあり彼女に愛のキスを
まいったよ、とでも言いたそうな口調で言う秀一に、舞衣が二日前の食堂での噂話を思い出し、「……そう」とだけ答えると、秀一は、だから帰ってきていいから、と舞衣の意見など聞かずに一方的に告げ電話を切った。
秀一からしたら舞衣は当然のように帰ってくると思っているらしい。もっとも、今までの舞衣と秀一の関係を考えればそれは至って普通だった。
客観的に見たらもちろんおかしいとしかいいようがないが、舞衣と秀一、ふたりの世界では〝普通〟の事だった。
だから、秀一も舞衣が帰ってくる事をこれっぽっちも疑わず、そして悪気なんてこれっぽっちも見せずに許してくれるだろうと思い込んでいるのだろう。
舞衣がゆっくりスマホを耳から離し、待ち受け画面に戻っている液晶を眺めていると、そんな舞衣に、優悟が立ち上がり近づき……目の前まできたところで立ち止まった。
「菊池、なんて?」
問われて、舞衣がゆっくりと顔を上げようとして……それを途中でやめる。
なんとなく優悟の顔を見る事ができなかった。
自分が、こんなひどい扱いを受けた挙句、電話一本で戻るような女だと思われている事が嫌で恥ずかしくて……初めて感じる感情に戸惑う。
「彼女と別れたから、部屋に戻って来いって……」
舞衣がぽそりと言った言葉に、優悟は呆れたように息をつき「本当勝手なヤツだな」と嫌悪感を滲ませた声で言う。
そしてそれから……「おまえ、どうすんの?」と舞衣に聞いた。
優悟からしたらもちろん帰って欲しくなどない。けれどそれを強要するのは違うというのも分かっているから……止められない自分をもどかしく思いながらも聞くと。
舞衣はしばらく黙ってから、小さな声で答えた。
「とりあえず、今から行って話して来ようと思う」
「今から? 別に明日とかでも……」
「ううん。……今から行ってくる」
そう、小さい声ながらもハッキリとした口調で言う舞衣に、優悟が「ふーん……」とだけ相槌を打つ。