ワケあり彼女に愛のキスを
そんなに、明日も待てないほどに秀一に会いたいのかだとか。何電話一本でほいほい会いに行ってんだよとか。おまえ、ひどい事されたって分かってんのか、とか。
嫉妬に塗られた感情がこれでもかというほどに湧き上がり、怒りに駆られそうになったが……それをグッと押し込める。
そして、電話を切ってから一度も目を合わせない舞衣を見ながらそっと口を開き「城ノ内」と舞衣を呼び。
相変わらず俯き目を伏せたままの舞衣に「今から言う事は俺のわがままだから忘れろよ」と前置きをした上で言った。
「おまえが望むなら、俺が、友達も恋人も相談相手も全部やってやる。気に入らねーけど、菊池の代わりだって、全部」
そこまで言った優悟が一拍置き……すぅっと息を吸い込む。
声にわずかに滲む苦しさに、優悟のツラそうに歪んだ顔が浮かぶようだった。
「だから……あいつのとこなんか、帰るな」
息が詰まるような感覚に陥った舞衣の肩を、優悟がポンッと叩く。
そして「気を付けて行ってこいよ」とだけ言い……元いたソファーに腰を下ろす。
そんな優悟を気配でだけ感じた後……舞衣がそのまま顔を上げる事なく優悟の部屋を出た。
歩いて二十分。走れば十数分の道を、ゆっくりと歩く。
20時を回った空は暗くいくつもの星を浮かべていて、それをぼんやりと眺めながら歩いた。
秀一の隣で、何度も見上げた空だった。
秀一は、一緒にいる時もスマホに忙しそうだったから、いつもその数歩後ろを黙って歩いて……よく、こうして空を見上げていたっけな……と舞衣が思う。
逆に、優悟とはこんな風に空を見上げて歩いた事は少なく感じた。
いつも、優悟と一緒に歩く時には空を見上げる暇なんてなかった。半分口論みたいな会話に忙しくて。