ワケあり彼女に愛のキスを


「ごねる事はあっても俺の前で泣いたりしなかったし。ちょっとキツイ態度とっても最終的には俺に従うし。やっぱり俺にはおまえしかいないんだなって今回は余計に思ったわ」

眉を八の字にし困り顔で笑う秀一が「つーかいい加減入れよ。いつまでそこにいるんだよ」とケタケタと笑い促したが……舞衣は微笑みを浮かべたまま静かに首を振った。

それを見た秀一が不思議そうに首を傾げる。

「なんで? ああ、荷物? そういやおまえ手ぶらじゃん。なに、荷物持ちきれなくて置いてきたとかそういう事?」
「……ううん。違う。荷物は、もうここには持ってこないよ」

その答えに、秀一は「は?」と表情を崩した後、苦笑いを浮かべる。

「あー、なにおまえ、ここ追い出した時の事根に持ってんの? 確かにあれはひどかったかもしれないけどさー、もうしないって。だから持って来いよ」

笑顔で謝る秀一に、舞衣がふるふると首を振る。それを見て、それまでは笑っていた秀一もいい加減しつこいと思ったのか「舞衣、いい加減にしろよ」と眉を寄せた。

秀一に、こんな表情をされるのが嫌で、いつもいいわけのいい振りをしていた。嫌われるのが嫌で、我慢ばかりしていた。……傍にいたかったから。
おおげさでなく、秀一のそばでないと呼吸ができないと思っていた。生きていけないと……本気で思っていた。

――そんなハズが、なかったのに。


好きだから傍にいたいからという理由だけで見逃してきたたくさんの傷跡が、じくじくと胸の中いっぱいに痛み出す。
本当はずっと痛かったんだと主張するように。

その痛みに耐えながら、舞衣がまた首を振って……秀一をじっと見つめた。


< 143 / 152 >

この作品をシェア

pagetop