ワケあり彼女に愛のキスを
「もう、ここには戻らない。秀ちゃんのところには、戻らない。それを伝えるためにきたの」
真っ直ぐに見つめながら言う舞衣に、秀一は一瞬驚きから目を見開いたが、すぐにそれを呆れたような表情に変えた。
「そういうのはいいからさー。今回はちゃんと俺も悪かったって言ってるだろ? 反省してるって。だからおまえもいい加減そういう態度止めろよな。
俺の気を引きたいんだかなんだか知らないけど、俺そういうのは好きじゃない」
とぼけているわけでもなく、本当にそう思ってるのだろう。
今までの舞衣との関係から、離れるだの別れるだのという事はありえないと思っている秀一に、舞衣がゆっくりと口を開く。
「今までの事は……私が間違ってたんだと思う。何されても許すとか、そういうの、今ならおかしかったんだなって分かるけど……ずっと気づけなかった。
……ううん。気づかない振りしてたのかも。秀ちゃんの傍にいないと不安で仕方なかったから、どうしても秀ちゃんと一緒にいたくてその一心で」
「別に間違ってもないだろ? 俺もそれでよかったんだしこれからもそれでいいじゃん」
「よくないよ」
ハッキリとそう口にした舞衣を、秀一は眉を潜めて見ていた。
玄関先での会話。たまに下の道路を走る車の走行音が聞こえていた。
「私は、自分を大事にしたいって初めて思ったの」
そう切り出した舞衣が目を伏せ、落ち着いた口調で続ける。
「仲間外れにされてからずっと、私なんかって思ってきた。悪口言われても、物を隠されても仕方ないんだって。……秀ちゃんに殴られても、私なんか大事にされる価値がないんだし仕方ないって。ずっと思ってきた」
「……別に、殴ったのなんか数回だろ?」
さすがに手を上げた事には罪悪感があるのか、秀一がバツが悪そうに表情を崩し後ろ頭をかく。
そんな秀一の言葉には答えず、舞衣が静かに続けた。
ツラそうに寄せられた眉にぐっと力がこもる。
「中学卒業したのに、私なんかって思うところは変わらなくて……それでも秀ちゃんと一緒にいると落ち着けたから……秀ちゃんの傍が唯一安心できる場所だったから、必死にしがみついてたの。だけど……」
そこまで言った舞衣が、ゆっくりと視線を上げ、秀一と視線を合わせた。