ワケあり彼女に愛のキスを


なんとなく合鍵を使う気にはならずに、押したインターホン。慌てたような足音の後、ガチャッと勢いよく開いたドアから優悟が驚いた顔を見せ……そして、舞衣を見るなり驚きを一際大きくさせる。

何も言えずにいる様子の優悟にへへっと舞衣が情けない笑顔を浮かべた。

「一発目は避けたんだけどね」

そう笑う舞衣の左頬は赤く腫れあがっていて……数週間前にストーカー女にそうされた時よりも見るからにひどい腫れ方に、言葉を失っていた優悟が舞衣の腕を掴んで部屋に入れさせる。

そして、キッチンに連れ込むとビニール袋に氷をガラガラと入れ、それをタオルで包み舞衣の頬にあてる。
その衝撃さえ痛かったのかわずかに目元をしかめた舞衣に、優悟が眉を寄せた。
そんな優悟に、舞衣が微笑む。

「秀ちゃんの事、ちゃんとけじめつけてきた。これでちゃんと優悟の事見られる」

そう言って微笑んだ舞衣に……堪らない気持ちになった優悟が、目元を隠すように片手で覆った。

「おまえ……そういう事なら言えよ。俺がついていけば殴られなくてすんだのに……」
「だって、どうしてもひとりで終わりにしたかったから。そうしないと……多分、ずっと私ひとりで立てないと思ったから。
だから、ここを出た時にこれくらい覚悟してたから平気」

また微笑んだ舞衣の表情は、頬は痛々しいものの晴れ晴れとしていて……後悔の見えない柔らかい表情に、優悟が軽く息をついた。
そして、タオルを舞衣の頬にあてたまま聞く。

「痛むだろ」
「うーん……うん」
「だろうな。すげー腫れてる。明日明後日休みでよかったな」

必要なら明日医者に行った方がいいかとぶつぶつ言っている優悟をしばらく眺めてから……舞衣が、秀一との話を思い出し、ポツポツと話し始める。

きちんと別れた事。殴られた事。その後、会社での立場をなくしてやるといった風な事を捨て台詞として言われた事。……相手が、優悟だと気づかれている事。

それを聞いた優悟は、舞衣に手を上げた事には眉をしかめ怒りをあらわにしていたが、後半の、会社での立場発言や、自分が相手だと気づかれている事に対しては「ふーん」と言うだけで驚いてはいなかった。
会社での立場をなくすだなんて結構な脅し文句なのになんで……と舞衣が不思議がって見ていると、それに気付いた優悟が答える。


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