ワケあり彼女に愛のキスを
「役員にひとり、北川っているだろ。それ、俺の父親」
「え……っ」
「役員になる前は営業部の部長してて、菊池の世話もよくしてたって。何度かデカいミスしたからその尻拭いも。それ知れば菊池も何も言えないだろ。おまえが心配なようなら来週頭に菊池にそれとなく話しとくから安心しろ」
そう言った優悟が、何かを思い出したように続ける。
「あ、どうせならおまえからとった金も取り返したいし、それも親父の話と一緒に言っておく。証拠ないから難しいかもしれないけど、あっちは後ろめたい分冷静な判断できない可能性もあるし。あとはアパート解約もしないとだな」
驚いて言葉を失っている舞衣に、優悟は「なにそんな驚いてんだ」と笑いながら聞く。
「社内でやたら俺に色目使ってくる女が多いだろ。それに対して疑問に思ったりしなかったのか?」
「え、だって普通に顔がカッコいいからかと思ってたし……」
「ばーか。今の女はみんな強かだし、顔がいいくらいであんな言い寄るかよ。出世しそうな男見極めて声掛けてるんだろ。ああ、おまえんとこの木村さんもそうだったし」
知っている名前が出て「え」と声をもらした舞衣に優悟が眉を潜めて笑う。
「好きだって言ってきた時、自分ならいい大学も出てるし親父にも気に入ってもらえると思うとか言ってたし。自分の利益優先で恋人探ししてんだろ。損な恋愛してんのなんかおまえくらいなんじゃねーの」
「損って……言い方が悪いよ」
「冷たすぎないか?」
氷の入ったタオルを一度離して心配そうに聞く優悟に「大丈夫」と答えた後、舞衣が思い出したように聞く。
「あ、だから〝バカな女が好き〟とか答えたの?」
舞衣の言葉に今度は優悟が驚き言葉を失い……それから「知ってたのか」とバツが悪そうな笑みを浮かべた。
「うん……。木村さんに聞いて」
「あれは、まぁ……言い方は悪いかもしれないけど、本音。おまえがバカだから」
一番よく使われるベタな悪口なのに。
怒る気になれないのは、優悟が浮かべる柔らかい表情のせいだろうか。
愛しそうに細められた瞳に、舞衣の胸がトクンと心地よく跳ねていた。
甘い雰囲気にどうしたらいいのか分からずにいる舞衣を見つめて、優悟が言う。