ワケあり彼女に愛のキスを
昨日の怪我といい、これといい。
きっと舞衣にとっては本当に日常茶飯事なのだろう。本人はちっとも気にする様子を見せないのだから。
けれど、優悟からしたら、笑って見過ごせる事ではなかった。
昨日と今日のたった二日に満たない時間の中で何か所も怪我を負うなんて、どう考えても普通じゃないのだから。
舞衣がこんなだから、余計に気になってしまうのかもしれない。
ひどい事をされているのにも関わらず、なんでもないと笑うから余計に。
黙ったまま眉を寄せる優悟に気付かない舞衣が呑気に続ける。
「大家さんが途中で止めに入ったから、結局話す事もできずに終わっちゃったんだけど、今夜また行ってみる」
そう笑った舞衣が「じゃあね」と優悟の横を通りすぎる。
舞衣からは、自分と同じシャンプーの香りと……朝はしなかった、湿布の匂いがした。
感じ取った香りになんだか堪らない気持ちになり、優悟が舞衣を振り返る。
「おまえ、金置いてったけど、俺にあれ渡したら手持ち千円しか残らねーだろ」
舞衣は少し驚いた顔を浮かべた後、情けなそうに笑った。
「ね。社会人としてどうかと思うよね」
「三千円しかない時点で社会人としては終わってんだよ。急な飲み会とか誘われたらどうするつもりだったんだよ」
そうため息をついた優悟が、舞衣をじっと見つめ……そして。
「女から金とるとか、俺のプライドに関わるからあれは返す。
今日仕事終わったらウチに取りに来い」
「え……」
舞衣が驚き声を漏らした後、出社してきた職員の声が駐車場の方から聞こえてきて。
「仕事終わったらすぐ来いよ。寄り道禁止だからな」
わけが分からなそうに何も言えなくなっている舞衣に、優悟が言い聞かすように繰り返し背中を向けたのだった。