ワケあり彼女に愛のキスを


「泊めてやろうか。八月末まで」

舞衣が驚いた顔で見上げると、優悟が視線を返しながら続ける。

「これ以上、うちの会社の顔に怪我されて、評判落ちて給料とか減っても嫌だし。それに……おまえ、放っておくと常軌を逸した事平気でするし」
「でも……」
「金ならこの二千円でいい。ひとり増えたところで光熱費がそこまで変わるわけでもねーし」
「でも……っ」
「ああ、手持ちがねーんだっけ。なら、給料入ってからでいいから、これは持ってろ」
「そうじゃなくて! だって……いいの?」

動揺した瞳で見上げてくる舞衣を、優悟が見つめる。
丸い目の上で眉が下がっている。
まんま捨て犬みてーだな、などと思いながら見ていた優悟に、舞衣が口を開く。

「私が会社でどんな噂立てられてるか知ってるでしょ?
それに、実際にだって秀ちゃんにひどい扱い受けてる女だよ? なのに二ヶ月近くも一緒になんか住んだら優悟が嫌な思い……」
「別におまえなんかと一緒に住んだくらいで嫌な思いするほど弱くねーよ。
それに、会社のやつらだっておまえの動向ばっか気にしてるわけじゃねーし、そんな心配いらねぇだろ」

うぬぼれんな、とわざと嫌味を言い笑う優悟に、舞衣はしばらく驚いた表情を浮かべていたのだが。
唇をきゅっと引き締めると、ぺこりと深く頭を下げた。

ふわふわした髪が、優悟の前で揺れる。

「よろしくお願いします!」

頭を上げた舞衣の顔には、これでもかってほどの明るい笑みが浮かんでいて、本当に犬みたいだと思う。

犬みたいに懐いて、コロコロ笑う図々しい女。
恋愛オンチで、ダメ男にしがみついてるイタイ女。
だけど純粋で、素直で――。

「……あぶねっ」

見入っていた優悟に、舞衣が急に抱きつく。
不意をつかれたのと、舞衣のあまりの勢いが原因で、その場に踏みとどまれずに一歩下がる。

「ありがとうっ、優悟!」

目の前にある、ふわふわした髪。それと、溢れんばかりの笑顔。
舞衣の髪から、自分と同じシャンプーの香りがした。

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