ワケあり彼女に愛のキスを


〝菊池さんと美川さん、付き合ってるらしいよ〟
そんな噂が流れたのは、優悟が舞衣の過去へのタイムスリップを願った数日後だった。

午前中には〝ふたりがデートをしているところを見た〟という内容だった噂は、午後には〝付き合っているらしい〟と変化を遂げていた。

もちろん、社内にいる人間は仕事をしに来ているわけだから、いつもそんな噂話に花を咲かせているわけではない。
時間が空いた時、それぞれが気ままにしているだけなのだが。
それでも、社内全体に……職員と接する事が少ない舞衣の元へもきちんと回るのだから不思議だ。

舞衣が秀一の噂を耳にしたのは、会議室の片付けという一時間の残業を終えて更衣室で着替えている時だった。
同じ時間に居合わせた女性職員がそんな事を話しているのを聞き……急いで着替えを終わらせた舞衣が、会社を飛び出し走る。
金曜日の18時半。
会社の前を通っている割と幅のある歩道は帰宅途中のサラリーマンやOLで溢れていた。

歩道と車道の間に植えられた木の緑を、オフィスや建物からもれる光が浮き上がらせる。
七月中旬の空はまだ明るさを残してはいるものの、点々と細かい星を浮かび上がらせ始めていた。

そんな中、人を避けるようにして走っていた舞衣が会社から数百メートル離れたところで足を止め、道の端に寄った。
そして鞄からスマホを取りだすと、番号を呼び出し耳にあてる。

呼び出したのは、秀一の名前だった。
用件はもちろん、噂の真意を確かめるためだ。


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