ワケあり彼女に愛のキスを


美川という職員は、舞衣との同居解消してから一緒に住んでいた女性ではないのは、舞衣も分かっていた。
彼女は秀一から違う会社だという事も聞いていたし、実際、合鍵を返してほしいと乗り込んだ時にチラッと見たが、舞衣自身も見た事のない女性だった。

それが美川と噂になっているという事は、その女性とは別れて美川と付き合い出したという事なのか。
それとも、二股なのか……。
聞いたところでどうにかなる話でもないし、関係ないだろと怒鳴られるのは分かっていても、衝動を抑えきれなかった。

けれど……。スマホの中ではコール音が響いたままで。
それを六回ほど聞いた後、ゆっくりと耳から離し電話を切った。

舞衣からの電話を秀一がとる事はそんなに多くない。
割合で言ったら五割を切るかもしれない。だから、電話に出てくれない事への免疫はできているし、いつもの事で、なんて事ないとも思うのだが……。

そういえば、部屋を出てから一ヶ月経つのに、まだ一度も連絡をもらっていないだとか、余計な事を思い出してしまったせいで、いつものようにすぐに気持ちを切り替えられなかった。
今までは、一ヶ月も連絡が取れないなんて事はなかったのに、と考えると、じわりと不安から呼吸が苦しくなる。

スマホを握りしめたまま立ちすくみ、目を伏せていた舞衣が、それでもなんとか重たい気持ちをため息で逃がし、スマホを鞄に入れた時。
「舞衣ちゃん」と後ろから話しかけられた。

舞衣が振り向くと、そこにはいつだったか、社食で一緒になった男がにこりと微笑みながらこちらを見ていて……舞衣も咄嗟に同じように笑顔を作る。


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