ワケあり彼女に愛のキスを


マンションに着くまでの十五分間。
優悟も舞衣も一言も会話を交わさなかった。

いつもはうるさいくらいの舞衣が口を開かないのは珍しいが、それだけ傷つけたという事なんだろうというのが分かり、沈黙が重なれば重なる分、優悟の気持ちも重くなり……。
結局、部屋につくまで一言も話さなかった舞衣に、ギリッと優悟が奥歯を噛みしめる。

さっき舞衣にきつくあたったのにも関わらず、苛立ちは消えるどころか増幅し続けているようだった。
それでもただ黙りひとりそれに優悟が耐えていた時。
玄関ドアを閉めながら舞衣がぽつりと漏らす。

「優悟って……やっぱり私の事嫌いなんでしょ」

突然の言葉に顔を歪め振り向くと、舞衣は玄関の真ん中に靴も脱がずに立っていた。
胸の前で鞄を抱き締めるようにして持つ舞衣が、目を伏せながら続ける。
ただでさえ小さな身体が、縮こまっているせいでよけいに小さく見えた。

「好きになれ、なんて……優悟、私みたいな重たい女嫌いなくせに」

「私の事、嫌いだから……さっきあんな事……」と消え入りそうな声で言う舞衣に、優悟が胸を痛め、口を開こうとした時。
舞衣が視線を上げ、優悟を見る。
その瞳は傷を隠し、柔らかく微笑んでいた。

いつも……秀一に傷つけられた後、そうするように。

「別にいいけどね。私は好きだから。
優悟が本当は優しいの知ってるし。だから、私は、嫌いになんて私はなれないもん」

「でも、嫌な思いさせてるならごめんなさ……」と、舞衣が最後まで言い切る前にハッと息を呑む。
ごめんなさい、と言うよりも前に、優悟にぶつかるようにして抱き締められたからだった。

あまりの衝撃に、ガタンと後頭部を玄関ドアにぶつけたけれど、不思議と痛みはなく……頭を覆うように優悟の腕が回っているからだと気付いたのはそれからだった。


< 80 / 152 >

この作品をシェア

pagetop