ワケあり彼女に愛のキスを


ひとしきり言い合ってから、お互いの言い分があながち否定しきれない事に気付き、なんだか心当たりがあるような気さえしてきてしまい。
そうなるとこれ以上言い合いを続けて自分に不利な方向に話が進んでしまっても困るという意識が働き……。

「まぁ、まだ誰かが見てるって確定したわけでもねぇしな。おまえの勘違いだろ、どうせ」
「そうだね。ただの早とちりかもね」

まぁ気のせいかもしれないしという方向に会話を不時着させ、その話を終わりにしたのだった。

優悟からキスされて三日。
ふたりがその事について話した事はまだない。
前キスされた時には平気で話題に出せたハズなのに、今回のそれは軽々しく言葉にしてはいけない気がしてしまい、舞衣からは言えずにいた。

舞衣を止めるのは、あの時の優悟の表情と声。
それから……その後、〝悪い〟と一言だけ残し、そこからは完全にいつも通りに戻った優悟の態度だった。

秀一としかキスした事のない舞衣にとって、〝キスなんか〟と軽く片付ける事はできない。
受付の誰かは合コンで勢いでしちゃったけどまぁキスなんてノリだし、みたいな事を言っていたが、そんな風にはとてもじゃないけれど思えない。
特別な相手としかしたくない。

だから本当ならすぐさま突き飛ばして怒鳴りつけて、怒りを何週間にわたり継続させていたハズなのに。
三日経った今も、そのどれもができずにいた。

秀一に対して言いたい事を我慢するのとは違う。
嫌そうに歪められる顔や振り上げられる手を怖がり我慢しているわけじゃなくて……ただ、話題に出したら優悟を傷つけてしまうんじゃないかと、そういう思いから言葉にできなかった。


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