初夏…君を想う季節
(やっぱりまともではないわ…。)

大学に着くなり、彼女をそう心の中で毒づかせたのは
目の前の桜並木を並んで
楽しげに話しながら歩いている女の子ふたりが
(中国史の歴史上最も恐れられた皇帝は誰か)
の談議に花を咲かせているのだから無理もなかった。

(今まで人生でかなりの数の人間に変人扱いされてきたが、この中じゃまともな方だとつくづく思う。)

そんなことを心の中で思いつつ並木道を抜け、校舎へと入っていった。

この時期(4回生)にもなって1限から出席している人間なんて私くらいだろう。
単位のためではない。ただ単純に水曜1限のその教科の為だけにここにいる。

教科は中国史。無類の中国史好きの私がそのコマを取らない訳はなかった。
高校生の時に全国中国史論文大会で優勝したのだが、
そのお陰でこの大学に通えているといっても過言ではないのだ。

「皆さん、おはようございます。」

朝がとても似合う爽やかな声が教室を包んだ。

「今日も暑いですが、頑張りましょう。」

その優しい声の主は、橋本 雪その人で
私の想い人でもある。
歳は30で、紺のスーツを着こなしている彼は
穏やかなその雰囲気もあり、生徒にもとても人気がある。

季節は初夏。
清々しい緑の匂いが鼻をくすぐる。
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