誰よりも大切なひとだから。
「2時から暇やから、今度の土曜講習でやるプリント作っといた。わかりやすい講習期待してんで。近藤」
土曜講習とは、東先生が休日返上で開催してくれている、英語の講習のことである。
ただし、教えるのは、東先生じゃない。
先生顔負けの英語ができる生徒に教えさせるのが、この講習のやり方。
ちなみに今講師役を務めるのは、私の友だち、通称『わんちゃん』である。
しかし、わんちゃん一人では、あまりに大変なので、2号として私が抜擢されたのである。
今週の講義で初めて私が講習をするのだ。
のべ、40人もの生徒の前に立って。
「絶対、緊張するやん」
「大丈夫やろ。お前なら、何とかなる」
「だけど、私、わんちゃんみたいに面白い授業無理!」
「いや、面白くなくていい。わかりやすい授業なら」
友だちの一人や二人相手に勉強を教えたことはある。
いや、勉強を教えるのは、私にとっては日常茶飯事。
しかしだな。一人二人に教えるのと、40人を前にする講義は別物だ。
緊張する。
みんな、教師役をやる私のことを、どんなふうに思うんやろう?
しかも、この講習には、長野くんも来ている。
うわ、私、好きなひと相手に講習やるんや……。
「ま、近藤がやると、俺より丁寧な授業やろ」
さすがに講習は、先生の授業みたいに30分はトーク時間ってわけにはいかないだろう。
でもさ。みんなから先生役やって、調子乗ってるとか思われへんかな?
「大丈夫やって。わんちゃん好評やったやろ?」
先生はいつも、私の気持ちを勝手に読み取ってくる。
その上でかなり的確な言葉をくれるから、私はいつもこの先生には、逆らえない。
先生の頼みごとも、そのよく動く舌に言い包められて、首を縦に振ってしまうのだ。
「お、長野。おはよう」
先生の声に反応して、扉を見ると、長野くんがちょうど、室内に入ってくるところだった。