誰よりも大切なひとだから。
彼の前髪からこぼれた雫が彼の頬を通り、肩先にポタリと垂れた。
「そのままやったら風邪ひくよ」
私は鞄からタオルを取り出して、彼の前に差し出した。
「これ……」
彼が慌てたように、首を横に振る。
「近藤さん。クラブで使うタオルやろ?大丈夫。俺、自分の持ってるし」
すでにビショビショの鞄から、彼はスポーツタオルを取り出した。
「さすがに濡れたから、寒いわ」
「そりゃそうやろ」
私は立ち上がり、長野くんの鞄を拭いた。
「いや、ほんま、大丈夫やって」
「うち、雨降るから、2枚持ってきてたし」
嘘だ。
クラブの汗ふきタオルしか持ってない。
1月なのに、半袖、裸足でやっても、汗だくになるハードな和太鼓部ではあるが、そんな放課後のことなんて、気にしてる暇はない。
長野くんが風邪を引いて、寝込まれては困る。
学校で長野くんに会えることが何よりの楽しみなのだから。
「ありがとう」
彼は自分のタオルで、頭を拭きながら、そう言った。
私は何にも言わず、ただ少しだけ、微笑んでみせた。