ペットな彼女
ご主人様の夢

こういう夢を見るようになったのはいつからだっただろう。

あー、やべぇな……
気持ち良過ぎてどうにかなりそうだ……

「………美晴…、美晴……」

名前を呼ぶと嬉しそうに微笑んで彼女も俺の名前を呼んでくれる。

始めは穏やかだった動きも徐々に加速して2人で上り詰めていく。
満たされる。

柔らかい肌に吸い付いて、撫で回して痕を残す。

すごくすごく大事だ。
彼女が、大事だ。大切だ。

「…美は、る…っ、……………っ!」


彼女を抱きしめ精を放った。

そして再び彼女の柔らかい唇に吸いつこうとしたところで……




目が覚める。

最近こんな夢ばかりだ。
いくら理性で自分の気持ちを抑えようとしたところで、本能的に彼女を求めてしまう気持ちはどうにもならない………



*****

「はぁ……」

「どうした?最近溜息ばっかりだなお前。」

「すみません、少し悩みがあって寝不足で…」


職場で先輩からの指摘に思わず素直に答えてしまった。

「お前が、悩みなんて珍しいな〜。今度相談乗ってやるから飲みにでも行くか。」

先輩の気遣いは嬉しいが、こんな"夢の内容に困ってます"なんて馬鹿げた悩みを打ち明けるわけにもいかない。


「ぜひ、お願いします。」

とりあえず誘いは嬉しい。
悩みを打ち明けることは出来ないが仕事の相談でもしよう。







******

―……あぁ、またいつもの夢か…………


彼女の肌を撫でながら無意識にそんなことを思う。

だが、いつもの夢とは比べものにならないくらい今日の夢は格段に気持ちいい。
なぜだろう………



「……智明さ、ん………すき……」

「もっと、して……私、智明さんがしてくれることは何でも嬉しい…………」

「………あ、あっ、……はぁっ、私を…智明さんのものにして……」

今日の夢の中の彼女は俺の欲しい言葉を何でも言ってくれるからだろうか……


彼女が俺にくれる言葉を返したくていつも以上に大事に彼女に触れる。
何度も彼女にキスをして、体を撫でて、彼女の匂いをいっぱいに吸う。

今日の夢はリアルだな…
たまにふわりと香る彼女の匂いがいつもより濃く感じる。
抱きしめて首筋に顔をうずくめてキスをした。
本当はずっとこうしたかった。

いつも俺について回っていただけの女の子が、いつの間にか女になって、それでも変わらず俺について回っている。

忠犬にも程がある。

そんなに俺が好きなのか?
一体どこが?

いつからか、美晴が"そういう対象"になってしまっていた。
自分の欲を吐き出すための対象にしていい相手ではないと分かっているが止められなかった。

そしたらだんだんと夢にも出てくるようになっていた。
今日のリアルな夢がこれからも続けばいいのに…

そう願ってしまう自分に内心驚いていたが、美晴は俺の事が好きだから問題ないのではないか?という自分勝手な気持ちの方が強かったようだ。

夢の心地良さに流されるようにそのまま身をゆだねてしまった。



ふと目が覚めると、自分のベッドがやけに狭く感じた。
何かが体にまとわりついて動きづらい。
離そうとしてようやくぼやけた目を開けると、そこには裸の美晴が眠っていた。


俺は内心かなりパニックになり、昨日を必死で思い出す。
昨日は美晴の20歳の誕生日で、一緒に酒飲みたいって鬱陶しいくらいに懇願されたから俺の家で飲む事になって…


…………………やってしまった



手を出すつもりは全くなかったと言えば嘘になるが、自分の中でも手を出してはいけない女性であると自覚はしていたため、そういう雰囲気にならないよう警戒はしていたはずだった。

1度味わってしまえば戻れなくなる。ということが本能的に分かっていたのだと思う。

久しぶりだった事もあるが、それにしても良過ぎた。

満たされた幸福感がすごい。
こんなに満足した気持ちを感じるのは久しぶりどころか初めてだった。


まだ気持ち良さそうに寝ている美晴を静かに眺める。
成長してはいるが、まだあどけなさが残る少女とも、女性とも言える彼女。
俺はロリコンだったのかと軽くショックも受ける。

美晴は驚くくらい俺の好みに成長していった。
真っ直ぐなセミロングの黒髪は歩く度にサラサラとなびく。
俺の試作品を食べる回数が多いからか、少しだけむっちりとした柔らかそうな体。
言わなくても俺の気持ちがだいたい分かるのか、意思疎通に困った事はないし、察して行動出来るが出しゃばる訳でもない。

すべてが調度良い。良過ぎる。
怖いくらいに。


美晴の父親であり、俺の師匠である晴久(ハルヒサ)さんの顔が浮かぶ。
彼は娘の俺への好意を止めるどころか応援している素振りすらみせる。
恐ろしい人だ。

普通は小学生の娘が10歳近く離れた男に好意を示しても優しく見守るくらいだろう。
それが、何故か本気で応援しており、この12年間美晴と俺をどうにかくっつけようと考えあぐねていた唯一の人とも言える。
本気で恐ろしい。
そして本当にこうなってしまった事実も恐ろしい。

***


何だかんだ美晴との関係は続いており、1年程経過していた。

俺は美晴をペットと呼び、美晴はそれを嫌がる所か喜んでさえいるようだった。
俺が美晴に酷い扱いをすれば幻滅して離れていくだろうと思っていたのに大誤算だ。

まぁペットとは名ばかりで、結局晴久さんの娘である美晴を無下に出来ずに今まで通り手を焼いてしまっている俺にも原因があるのかもしれないが。

むしろ"彼女"という存在よりも"ペット"として愛玩してしまっている自分がいるのが怖かった。


そんな折、実家の近くに住んでいる姉から連絡があったのだ。
「智明、結婚するんでしょ!お母さんから聞いたけど、私は何も聞いてなかったから驚いたんだから!」
姉の話に俺の方が驚いたのは言うまでもない。

母にどういう事か連絡すると、「あなたにお似合いの女性だし、気に入ると思うわ!うふふ!お母さんもお嫁として迎えるの大歓迎だから、宜しくね。由季()と一緒に女将の補佐もお願いする事になると思うから!」
旅館の女将である母は豪快だ。

旅館のことになるとかなり厳しい母が気に入る女性とは珍しい。
元々30歳になったら実家に戻るための修行だった。
早くて来年の夏くらいには帰らなくてはいけないな。などと考え始めてはいたが、まさかこんな流れになるとは想像もしていなかった。
いきなりお互いの事も知らずに結婚とはいかがなものかとも思うが、その女性が俺との結婚を受け入れて女将となる覚悟があるのであればそれでもいいのかもしれない。

美晴じゃないのならどの女も大差ない。
それなら少しでも実家の旅館が良くなる事に越したことはないとさえ思った。

その女性に美晴の面影を探してしまいそうだとも思ったが、離れてしまえばきっとすぐに忘れられるはずだろう。

少しでも早く美晴と離れた方がいい。
忘れる事が辛くなる前に。

俺はそう決心すると、実家に帰る時期を早めることにした。

晴久さんにもその旨を伝え、年度が変わる3月いっぱいで店を辞めさせて貰うこと、今までお世話になった感謝を伝えた。

晴久さんは俺と美晴の関係をどう思っているのか、今の関係を知っているのか知らないのかは分からないが、辞めさせて貰う事に関しては「始めからその約束だったからね。今までよく頑張ってくれたよ。」とすんなりと受け入れてくれ、拍子抜けした。

それどころか、嬉し涙さえも浮かべながら「美晴の世話もしてくれて、智明は本当に俺の見込んだ男だ。しっかり頼んだぞ。」と、残りの時間も精一杯勤めることを頼まれたのだった。









***

ここにいるのも残り1ヶ月となった頃、そろそろ美晴にもこの事を言わなければと思っていた。

美晴は社会勉強を兼ねてか、小遣い稼ぎか、もしかしたら俺目当てかもしれないが、店の手伝いとして接客のバイトをしていたので、職場の人間から俺が辞める話を聞いているだろうと思っていたが、全く知らないようだった。

ここの店は老舗の料亭という事もあってか長年勤めている者が大半で、美晴を子供の頃から知っている者が多いため、美晴が俺に好意がある事を皆知っているようだったから気を使って言わないようにしているのかもしれない。

今日は美晴がバイトに来ている。
今日こそ言わなければと思いながら、料理を運ぶ美晴を自然と目で追う俺がいた。

約束はしていなかったが、いつもの様に俺を待っていた美晴と俺の家へ帰る。

この状況を見ている職場の人間はきっと俺を軽蔑しているのかもしれない。
あとひと月で居なくなるのに別れを告げられない俺を。


今日こそ伝えると再度決心し、美晴が握ってきた手を離せないまま家へ着いたのだった。






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