痛々しくて痛い
無言のまま、手を洗い終えた所で、綿貫が俺にキッチンペーパーを差し出して来た。


反射的にそれを受け取り彼女に向き合うと、俺を見上げながら、おずおずと声を発する。


「麻宮君、ありがとう…」


ウルウルした瞳で。


時間差で流れ出た涙で頬を濡らして。


微かに震える唇から、掠れた声で、俺に感謝の言葉を述べる。


お礼なんて言われる筋合い、一ミクロンもないのに。


自分でも説明できない激情に突き動かされて、俺はキッチンペーパーを放り投げると、綿貫を強く抱き寄せた。


以前も触れた事のあるその身体を、その時に抱いていた物とは明らかに異なる初めての感情で。


それだけでは足りなくて、右手の中にある柔らかな頭髪に指を絡ませ、そのまま優しく撫で擦る。


頑張ったな。
ゴメンな。
辛かったよな…。


「麻宮君?」


無我夢中だった俺は、くぐもった声で問い掛けられ、ふと我に返った。


…なんだ?この手は


なんで俺、綿貫のこと、抱きしめてんだ?


そこで一気に意識が覚醒する。


思わず綿貫を突き飛ばした。

彼女がよろけながら、俺と視線を合わせて来る。


うわっ。
もうダメだ。
何やってんだ俺。
馬鹿だ。
正真正銘の大馬鹿だ。


そのまま逃げるように給湯室を後にした。


「あ、慧人」

「愛実ちゃんは!?」


部屋に入るやいなやドア付近に居た伊織さんと颯さんに質問される。
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