痛々しくて痛い
「え。あ、そ、そうですね」


『なんだ、そういう意味か…』と納得しかけたが、とても意味ありげな笑みを浮かべて俺を見る伊織さんのその表情に『いや、やっぱ違うんじゃねーか?』と思い直す。


何だかこの人は怖い……。


俺の胸の内なんか、とっくの昔に見透かされているんじゃなかろーか。


「じゃあ、今後の方針が決まった所で、俺達もいい加減帰るか」


言いながら、腰を上げた樹さんに倣い、伊織さんと颯さんも同じ動きをした。


ほんの十数分前に感じていたあの疲労感と脱力感はだいぶ薄れて来ていて、多少反応は遅れたが、俺もきちんと立ち上がる事ができた。


帰るとなると皆さん早かった。


さっさかゴミをまとめて室内の整理整頓をして、数分後にはロッカールーム前へと移動していた。


「慧人」


中に入る直前、最後尾に居た俺だけ伊織さんにコソッと呼び止められ手招きされて、壁際へと誘導される。


「ちょっと、言い忘れた事があってさ」

「?はい」

「これからもきっと、愛実はマイペースに自分の道を突き進んで行くよ」

「え?」

「振り向いて欲しくて思わず我を失っちゃう事もあるかもしれないけど、そこは冷静に対処して。あの子がいとおしく思うものを無理矢理奪うんじゃなくて、一緒に愛して行けば、それで良いんじゃない?」


そして伊織さんは不適に優雅に妖艶に、ニッコリと微笑んだのだった。
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