痛々しくて痛い
これ以上麻宮君の迷惑になるような事をしてはいけない。


そう決意しながら椅子に腰掛け、鞄を足元に置くと、何事もなかったかのような表情でマニュアルを開いた。


早めに出勤してしまい、他にやる事がないので予習復習をしている風を装って。


私と同じテーブルの人はもちろん、江川さんと加藤さん、そして傍らを通り過ぎる際に挨拶してくれた人に対して「おはようございます」と返すのも忘れなかった。


必死に『普段の綿貫愛実』を演じ続けた。


そうこうするうちに始業時間が近付き、渡辺さん達と、少し間を置いて麻宮君が会議室へと戻って来た。


それぞれ自分の席に着き、事情を知らない周りの人達といつものように明るく会話を交わし始める。


あの場面を目撃してしまった人も、余計な事は言わずにいようと判断したのか、陽気にその輪に加わった。


いつもの麻宮君に戻ってくれていて、少しはホッとしたけれど、でも、内心ではまだ怒っているんだろうな、きっと今日の私の失礼極まりない行為を忘れる事はないんだろうな、と思うと、まるで鉛でも飲み込んだかのように心がズン、と落ち込んだ。


だって、すごく怒ってたから…。


今までは、こんな私にも他の人と態度を変えず、優しく接してくれていたのに、さっきはとても厳しい眼差しを向けられてしまった。


本当は、きちんと謝るのが筋なんだろうけど…。
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