あなたと月を見られたら。
あのホテルは私にとっては鬼門のホテル。2度と立ち入りたくないホテル不動のNo.1なんだけど……仕事だもん。仕方ない。
「わかりました。6時にイルクォーレホテルのラウンジですね。お待ちしています。」
気を取り直して玲子先生に答えると
「よろしくね。なるべく遅刻しないように行くわ。」
玲子先生はそんな言葉を爽やかにつぶやいて、笑いながら電話を切った。
玲子先生の新作かぁ…。
きっと素敵な話なんだろうな。
ドキドキして切なくて、泣きたくなって…また恋がしたくなる、そんな作品に違いない。
そんな期待に胸を膨らませながらデスクの上をルンルンしながら片付けてると
「何?なんかいい事あったの?気持ちが悪い。」
麻生さんが悪態をついてきた。いつもなら軽くキレるところだけど、今日の私はすこぶる上機嫌だからそんな些細なことは気にもならない。
「ヒミツです。フフフフフ〜。」
と答えると麻生さんは真剣に気味悪そうに
「あ、、そう…。」
カラダをグッと引きながら相槌を打ったのだった。
そのままニヤニヤしながら一心不乱に他の案件を片付けて、待ちに待った待ち合わせ時間になると
「打ち合わせ行ってきます!」
バッグを持って立ち上がり足早にオフィスを後にした。
一歩建物の外に出るとあたりはすっかり夕焼けに包まれていて、オレンジ色に染まる空が広がっている。そこには焼けるような暑さはないけれど、少し柔らかくなった夏の夜風が夏の切ない匂いを放って私の頬を撫でていく。
夏も終わりに近づいてる。
龍聖に再会してから随分時間が経ったんだ……。
随分柔らかくなった夏の夜風を行き交う人の群れの中で感じながら、私はそんなことを考えていた。