あなたと月を見られたら。
少しだけ早い秋の訪れを感じながら、丸の内を颯爽と歩いて玲子先生に指定されたイルクォーレホテルを目指す。
イルクォーレホテルは都会らしいスタイリッシュな外装のホテル。白を基調にした外壁に、洗練されたインテリアに洗練されたスタッフ達。玲子先生に指定されたラウンジはロビー横にあって、ロビーで行き交う人もよく見える。
2年前は……
このラウンジで龍聖をよく待った。
あの頃の龍聖は忙しくて、待ち合わせに遅れる事なんて当たり前。30分ならいい方で、時には一時間近く待たされた事もある。
その度に、あの冷たい営業用の笑顔を見せて『ごめん。この埋め合わせはちゃんとするね?』そう言って私の不満を煙に巻いて、流して、最低な言動に傷つけられてばかりいた。その舞台はどれを思い出しても、このイルクォーレホテル。
はぁ……、まさかまたここにやってくる事になるとは、思ってもみなかったなぁ。
あの頃の痛い思い出を思い出しながら、私はホテルの中に足を踏み入れる。オシャレなシャンデリアや豪華なソファー。
あの頃と全く変わらないラグジュアリーな雰囲気に、安心と残念な気持ちと悲しい気持ちが同時に襲ってきて、なんだか落ち着かない気持ちのままロビーを抜けてラウンジに入る。
「お席を準備いたしますので、お待ちください。」
そう言われて少しだけ待った後スタッフに案内された席はロビー近くの席だった。
腰を下ろして渡されたメニューを見ながら何を注文するか悩んでいるとロビーから突然大きな笑い声が聞こえてきて、私は驚いてそちらに顔を向ける。
「OH!それは言わない約束ダロウ?!」
「何言ってるんですか、スティーブ。俺は会うたびに言わせてもらいますよ。」
「ナニ?!オマエは相変わらずヒドイ男だ!!」
そこには三人の外国人のオジサマと、紺色の細身のストライプのスーツに身を包んだ長髪の男の人の姿が見えた。
茶色い髪。長髪で長身でモデルのように均整の取れたカラダをした、その男の人。どこかで見覚えのある、あの高そうなスーツが気になって年甲斐もなくその集団をジィっと穴が空くほど見つめてしまった、私。
でも…ね??その人の正体が分かった瞬間、息が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
「シカシ、さすがはリュウセイだったナ。2年のブランクがあったとは思えない仕事ぶりダッタ。」
「そうですか?
ほとんど忘れてて思い出すのに必死でしたけど。」
「今すぐにでも即戦力として戻って来るベキだよ。リュウセイ、キミの才能が泣いてるゾ??」
ーーなんで????
どうしてここにいるの…??
そこにいたのは間違いなく、佐伯龍聖。私が大嫌いだった高級スーツに身を包んで冷たい笑顔で笑う、あの人だった。