あなたと月を見られたら。
大人の落ち着きに満ちたオシャレな街、自由が丘。商店街を抜けて少し歩くとそこには閑静な住宅街が現れる。
どのお家を見ても外装が凝っていて、見るからに《お金持ち!》な一軒家が立ち並ぶこの一角に玲子先生のご自宅がある。
白塗りのコロニアル調の建物の前に立ち、門の隣にあるインターホンをピンポーンと鳴らすと「はい、どちら様でしょう。」と涼やかな玲子先生の声が聞こえてきて
「こんにちは。如月出版の牧村です。」
そう答えると
「あら、美月ちゃん!少し待っててね!」
玲子先生はプツリとインターホンを切ってトタトタと軽快な足音が部屋の奥から玄関へと近づいてきた。目の前にあるステンレスで出来た柵のオートロックがカシャンと開いた音がした後
「美月ちゃん、お待たせ。」
玄関の扉が開いて、爽やかな笑顔を振りまく玲子先生が現れた。
軽くご挨拶をして門をくぐって、この間のお詫びとしてすずドラをお渡しすると玲子先生はとっても喜んでくれて。玄関の中に足を進めると沢山の生花が玄関に飾られていた。
いつも季節のお花を飾っている先生のご自宅だけれど、今日はピンクのバラをモチーフにした淡い色使いのお花がいけられている。
ーーキレイだなぁ…。
素直にそう思いながら眺めていると
「お花っていいわよね。」
「…え??」
「どんなときでも健気に咲いてくれてるじゃない。花たちがいつかは枯れてしまうことをわかっているのに今を一生懸命、輝けるだけ輝こうとする。そんな姿には切なさを感じるし、それと同じように儚い美しさも感じる。限りがあるものだから美しいのか、今を精一杯生きているから美しいのかはわからないけれど……好きなのよね、その美しさが。」
玲子先生はカーキのノースリーブのニットワンピースに身を包みながら、玄関にある花たちを見てそう呟いた。
「特に恋愛モノを書いてる時はいろんな花が見たくなるわ。」
「そうなんですか??」
「ええ。花を恋や女の人に例える作家は沢山いるでしょう?優しい花があれば優しい女性もいる。バラのように棘のある美しさを持つ女性もいれば、かすみ草のように儚い美しさをもった女性もいる。結局のところは…創作意欲を掻き立てられるのよね、お花があると。」