あなたと月を見られたら。
コーヒーの香りが鼻をくすぐると、不思議と気持ちがリラックスしてくる。目の前に玲子先生が座って促されるままにコーヒーを口に運ぶと
ーーコレ……。
泣きそうなくらい懐かしい味が私の舌を刺激して、口の中にひどく切ない味が広がった。
ふと玲子先生を見ると
「コレね?La belle lune (ラ ベル リュヌ )のマスターに頼んでテイクアウトさせてもらったの。」
「え……?」
「最初は断られたんだけどね?可愛い編集さんが来るからお願い、っていったら……渋々ポットに入れてくれたのよ?可愛いわよね、あのマスターも。」
La belle lune (ラ ベル リュヌ )
それは龍聖のお店の名前。
龍聖の作ったコーヒーを一口飲んだだけで、彼を思い出して、胸の奥がギュッと痛んで、泣きたくなってしまうなんて…私はやっぱりどうかしている。
「そう…ですか…。」
それだけを呟いて、涙を飲み込むようにコーヒーを喉の奥に流し入れると、玲子先生はスッと立ち上がって分厚い原稿の束を私の前に取り出した。
「これ…。」
「新作の試し書き。美月ちゃんがOKならこれで清書していきたいんだけど。」
表表紙に書かれていたタイトルは
『あなたと月を見られたら』
表表紙を一枚めくると、そこにはこんな言葉が紡がれていた。
《I LOVE YOU.
私はあなたを愛しています。
その言葉をかの夏目漱石は
こう訳したそうです。
「今夜は月が綺麗ですね。」
それを知った時、私はなんてオシャレなんだろう、と思いました。それと同時に…私は私の犯した最大の過ちに気づいたのです。》