あなたと月を見られたら。

ーーえ…???


その一文を読んだ瞬間、思考回路が完全にストップしてしまった、私。


『今夜は月が綺麗ですね。』


さっき麻生さんから受け取った龍聖の手紙。綺麗な字で短くそれだけが書かれた便箋を思い出して、息が詰まる。


龍聖……龍聖、龍聖…!


愛してる、という言葉を憎んでいる龍聖。何があってもその言葉を口にしない龍聖。


だけど…だけど…!!!
頭の中に突然現れた、たった一つの可能性。たった1ページめくっただけで手を止まらせている私を見て玲子先生は


「オシャレよね。」

「…え??」

「夏目漱石が、よ。恥ずかしがり屋の日本人は愛してる、なんて言えない。そう言ってI love you.をこう訳したんですって。」


そう言ってクスリと笑った。



「でもね?こんな世の中だし、男の子も女の子も『愛してる』なんて日常茶飯事に言うじゃない?そんなのもう時代錯誤よね、って話をLa belle lune (ラ ベル リュヌ)のマスターにしたら……僕は彼の気持ちがわかる、って言ったのよ。」


「え…??」


「好きだからこそ言えない言葉がある。大切だからこそ言えない言葉だってある。僕にとっては愛してるって言葉よりも『今夜は月が綺麗ですね』って言葉の方が誰よりも何よりも誠実に聞こえる。そう…言ったのよ。」



龍聖が、そんなことを……


玲子先生の言葉を聞いて

『はぁ?愛してるなんて言葉、日本語の中で一番意味不明。理解に苦しむ。そんな言葉、嘘くさくて言いたくない。』

そう言って私を悲しませた彼を思い出す。



『今夜は満月だね。
月がとっても綺麗だよ。美月と一緒に見たかったな。』

2年前の別れの日。そんなわけのわからないメールを送りつけて私を最高潮に怒らせた龍聖を思い出す。



気づかなかった。
ずっとずっと気づかなかったけれど…龍聖はちゃんと私に伝えてくれてたのかな。



『今夜は月が綺麗ですね。』



龍聖から貰った初めての手紙に書かれたその短い言葉。その言葉の裏に隠された本当の意味を知った私は……自分の犯した最大の過ちに、やっと気づいた。

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