あなたと月を見られたら。


「美しい…月…。」

初めて知った、龍聖のお店の意味。
それを胸の中で噛み締めていると玲子先生は立ち上がって白いメモ用紙を手に取り、近くにあった万年筆で


La belle lune


と書いて、私の前に差し出した。



「なんだかセンシャル(官能的)な響きでしょう?だから少し気になって『店の名前は夏目漱石のI love you.から取ったの??』って聞いたら……『それもあるけど、店の名前はある大切な女性の名前から取ったんですよ』って彼、答えたの。」


「…え…」


「マスターは言ってたわ。
俺はある女性を待ち続けているんです、って。ひどいことをして、傷つけた自分を許してくれるとは思えないけど、もう一度だけ彼女に出会いたい。もう一度だけ自分の気持ちを伝えたい。その願いを込めてLa belle lune (ラ ベル リュヌ )とつけたんです、って。」



La belle lune (ラ ベル リュヌ )
その言葉の意味は美しい月。
そこから連想される名前は


………美月。



それに気づいた瞬間、私の瞳からはポロポロと大粒の涙がこぼれだした。



バカ…。私、本当にバカだ…。
私は疑うばっかりで、彼を警戒するばかりで、彼をちっとも信じていなかった。あの笑顔も、あの温かさも、ぬくもりも、全部嘘なんじゃないかと疑ってばかりいた。愛してる、の言葉をくれない彼を『愛のない男』だと決めつけて、冷たく、非情な男だと思い込んでた。


だけど……疑う必要なんてどこにもなかったんだ。



私の目の前で柔らかな笑顔を浮かべる龍聖は本物だった。柔らかで暖かい、あの龍聖も本物だった。素直にありのままを受け入れるべきだった。


怖がらずに、感じるままに、この瞳に映る、ありのままの龍聖だけを無条件に信じていれば……もっと早く真実にたどり着いたのかもしれない。


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