あなたと月を見られたら。
手の中にある玲子先生の原稿は、エリートサラリーマンだった主人公が街の小さなカフェのオーナーとして働き出して、ふとした拍子に待ち続けていた彼女と再会したところまでで止まっている。
その先のページは白紙。何も書かれていない真っ白なページが何枚も何枚も用意されていた。
未来は自由。
未来は真っ白。
過去は決して変えられないけれど、未来だけは自分の選択次第で変えることが出来る。
そう言ってくれているような、沢山の余白。
原稿を掴んだままハラハラと涙を流す私を見て
「ハイ。今日のお仕事はこれにて終了。」
「…え…??」
「恋愛はタイミング。ここだ!と思う瞬間にしか恋は動かないモノ。ねぇ、美月ちゃん。ウダウダ後悔する暇があるなら…飛び込んでらっしゃいな。」
そう言って玲子先生はイタズラっ子のようにフフッと笑って、私のおでこをツンっと突いた。
「玲子先生…。」
「マスターが待ってた女の子って、美月ちゃんのことでしょう?」
その言葉に驚いてフッと先生の顔を見上げると
「やっぱりそう??
フフッ、な〜んとなく作家のカンってヤツでピンと来たのよねぇ。だから…あの日あの場所にあなたを連れて行ったの。」
玲子先生はとんでもないことをウインクしながら暴露し始める。
「え、ええ?!」
ど、どういうこと?!
なんで?なんで??なんでーー??
「あはは!恨まないでね?
作家の飽くなき探究心、ってヤツなのかしら。ああいう悪い男が待つ女に興味もあったし、再会した後に美月ちゃんがどう動くのかも気になっちゃって❤︎」
え、ええ?!
ど、どういうことー!!?
ひ、ひどいよ、玲子先生っ!!
玲子先生の作家根性丸出しの言葉を聞いて、涙が瞳の奥にギュンっと引っ込んでしまった、私。
でも……
「ま、それはさておき、行ってらっしゃい、美月ちゃん。こんなに想われて、愛されて、、あなたは幸せよ?怖がらずに……彼の胸に飛び込んで行くべきだわ。」
恨み言はこの際置いておいて、その言葉を聞いて完全に心は決まった。ヨシ!と心の中で掛け声をかけてガタンと椅子から立ち上がると
「ごめんなさい、先生!
今日はこれで失礼します!!!」
腰を深々と曲げてお詫びをし、カバンを持って玄関へと足早に足を進める。ドタバタと歩いてリビングから出る扉の前でクルリと振り返ると
「命短し、恋せよ、乙女。
自分の気持ちに正直にね。美月ちゃん!このお礼は詳しい事後報告でお願いするわね!」
玲子先生はそう言って、ダイニングテーブルの前でヒラヒラと手を振った。