あなたと月を見られたら。
AGファイナンスって…アメリカでも屈指の証券会社だ。そっち関係には疎い私でも知っている、その社名。龍聖が以前働いていた企業よりもずっとランクが上のその社名が飛び出してきたことに驚愕を隠し得ない。
もしかして。こないだホテルにいたのって…それも絡んでるのかな…。
そんなことを思いながら耳をダンボにして2人の会話を盗み聞きしてると
「ありがたいお話だけどさ…。俺は今の生活が気に入ってるから、別にいいよ。」
「は…??嘘でしょ?」
「残念なことに本当。俺、昔に戻りたいとはつゆほども思ってないから丁重にお断りしといてよ。」
そう言って、龍聖は美女を振り返りもせずに後ろの棚からコーヒーカップを一つ取り出す。
彼の呟いたその言葉に、変な安心感を覚えた私が小さくホッと息をつくと
「…あり得ない。」
美女は汚いものでも見るかのように、龍聖をジロッと見上げる。
「AGファイナンスよ?あのAGファイナンス!龍聖クラスならすぐにミリオネアになれる会社よ?!自分を試してみようとか、登りつめようとか…そんな気にならないなんて、男として終わってるわよ!!」
息巻いて龍聖に詰め寄る美女を見て、彼はハァとため息を吐くと
「あり得なくても終わってても、なんでもいいよ。俺は昔の俺には戻らない。そう…誓ってるから。」
ーー龍聖…。
白地に青いラインの入ったマイセンのカップを手に、ゆっくりと振り返って、疲れたように美女に話しかける龍聖を見てキュンっと心臓が高鳴る。
バカだな、私。
そんなたわいのない一言に勝手に喜んで、勝手にときめいてるなんて。
龍聖のたわいない一言に一喜一憂して。そんな些細な一言で喜ぶ私とは裏腹に、怒りが最高潮に達した美女は
「龍聖!!アンタ自分が何言ってるのかわかってるの?」
カウンターを思いっきりドンっと殴って、厳しい目をして龍聖を睨みつけた。