あなたと月を見られたら。


振り返りもせずまっすぐ歩いて、玄関にあるパンプスに足を入れると

「美月。」

切羽詰まった声で龍聖が私を呼び止める。そんな彼の声に私は正直動揺する。だけど必死に平静を装って

「龍聖、これ借りていくね。返す時には…またお店に寄るよ。」

作り笑顔を向けて、そう言うと

「うん…。俺、美月が来てくれるのを気長に待ってるよ。」

彼はホッとしたような顔をしてコクンと小さく頷いた。



いつも傲慢で自分勝手だった彼が初めて見せたその顔、その表情。それに一瞬ギュウッと胸がが苦しくなる。でもそんな自分に気づかないふりをしてドアノブに手をかけると


「美月。こんな俺の言うことなんて信じてくれないとは思うけど、俺は美月と一緒に月を見たかったよ。」


龍聖はこんなわけのわからない言葉を私の背中にぶつけ始める。


「俺はね?きれいな月を見ると美月をいつも思い出してた。“月を一緒に見たい”と思うのは…やっぱり美月しかいないんだ。あの頃も…そして今も。」


きれいな月?
一緒に見たい?
意味がまるでわからない。
何が言いたいの?


その時に湧き出てきたのは此の期にに及んでわけのわからないことを言い出した、龍聖へ怒り。そして、2年前に送られた『今夜は満月だね。月がとっても綺麗だよ。美月と一緒に見たかったな。』という意味不明なメールへの怒りだった。


龍聖の言動のわけのわからなさにイライラした私は


「そうだとしても…私は龍聖と二人でお月見なんて、死んだってゴメンだよ。」


その言葉だけを言い残して、私は本を抱きしめたまんま、逃げるようにその場から立ち去った。


あの言葉にどんな意味があったのか。龍聖がどんな想いであの言葉をつぶやいたのかなんて…気づきもせずに。

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