あなたと月を見られたら。
あれから二年。
龍聖とは連絡を取ることはおろか、街中ですれ違うことすらない。もう、私の中で龍聖の存在は過去の哀しい思い出とイタイ教訓として位置付けられていた。
平凡でありふれた日常を送っていたハズの私。編集のお仕事をさせてもらっている関係で担当作家の白石玲子先生に
「今日の打ち合わせはココでもいい?」
と指定されたカフェの扉を開け
「いらっしゃいませ。」
そのセリフを発した男を見た瞬間。私の思考回路は一気にフリーズしてしまった。
「ねえ、美月ちゃん。彼がこのお店のマスターなの。」
「は、はぁ…」
「ウフフ。マスターかっこいいでしょ?このカフェ最近できたんだけどね?私のお気に入りなの。」
そう言っていたずらっぽく笑う玲子先生に愛想よく反応しなきゃいけないことは、仕事上よく分かってる。だけど…
「玲子さん、こんにちは。今日はお仕事ですか??」
「そうなの。今日は編集さんと次回作の打ち合わせなのよ。」
「へぇ…、さすがは玲子さんですね。」
玲子先生が“マスター”と呼ぶ彼の声、彼の顔を見るたびに頭の奥がゾッとしてくる。
目の前で気持ち悪い作り笑顔を向けて、見たこともないギャルソン姿でコーヒーカップを拭いている、あの男の顔を私が忘れるハズがない。あの男の声を私が聞き間違えるハズがない。
「お連れ様は当店は初めてでらっしゃいますよね?はじめまして。この店のマスターをやらせていただいてる佐伯です。」
私の目の前で白々しく“はじめまして”なんて言った男の名前は佐伯。あの忘れたくても忘れられない、最低最悪な私の元カレ、佐伯龍聖その人だった。