あなたと月を見られたら。
その日の夜、21時。私は自由が丘駅にやってきていた。龍聖のお店は駅から徒歩10分ほどの、大通りを少し外れたところにある。
知る人ぞ知る、だけどどこか目を引く龍聖のお店は麻生さん曰く『大人の隠れ家』なんだそうで“居心地のいい大人のお店”として口コミで広がっているらしい。
会社を出る前に龍聖に『今から行くね』とメールを打つと
《了解。夜道に気をつけて店まで来てね。》
またしても、こんな不可思議なメールが届いた。
いやいや。
普通なんですよ??
普通なんです。
きっと世の男性方の大半はこのようなメールを送ってくださるとは思うんですが……相手はアイツなんだよ?!こんなまともなメール、付き合ってた時なんてもらった時ないんだから!!!
ええ、嬉しいです。
あの愛のなかった龍聖からこんなメールを貰って嬉しくないはずがない。
でもさ??
むしろこの優しさが疑わしい。
なんか良からぬことでも企んでんじゃないの?もしかして…私に高額のツボを売ろうとしているの?!それとも…私を外国に売り飛ばそうとしてる!?……イヤァァァァー!!
とか、脳内妄想が膨らんでパンク寸前。
彼は変わったんだと信じたいけど信じられない。過去の言葉、過去の言動、傷ついた自分が『用心しろ』って警告を鳴らす。
こんな私を麻生さんは『弱虫』って言うけど…仕方ないじゃない。傷つきたくないんだもん。信じて裏切られて傷つけられるくらいなら、最初から信じなければいいんだもの。
信じなければ裏切られることもない。
卑怯だろうと、弱虫だろうとしょうがない。だって…私はまだ最後の最後で龍聖を信じられずにいる。