砂漠の賢者 The Best BondS-3
 目が乾く程の風圧に晒されながらも、エナは落ちないようにと片手に力を込めた。

――あと、少し!

 そう思った矢先だった。

「馬鹿め!」

 ハセイゼンの笑い声が響き渡る。

「そんなところから逃げられるとでも思ったか!」

 品の無い大口を開けた笑い方にかかるエコーが癪に障る。

「な、ん……!」

 エナの目に通気構の中の様子が映る。
 と、同時にエナは絶句した。
 少し奥まった場所に鉄の柵がかけられている。
 その更に奥にはプロペラが回り、行く手を阻む。
 これではハセイゼンの言う通り、逃げられはしない。

「い……っ」

 黒い煙を吸い込む通気構に近づいたせいで目に煙がしみる。
 咄嗟に目を瞑るが、生理的に浮かぶ涙は止めようがない。

「キャシー、降りよ! ここに居ても無駄だっ」

 爪を燭台で軽く叩くが、もちろんキャサリンが言うことを聞く筈もない。
 そればかりか、エナを振るい落とそうと躍起になっている。
 運が向いているなど、とんだ勘違いだ。
 エナは唇を強く噛んだ。
 生っぽい鉄の味を舌が捉える。
 生理的な涙に便乗して泣いてしまいたい程だ。
 逃げ道は、無い。
 煙が肺を侵食し、エナは思わず咳き込んだ。
 そして、気付く。

「ラフ……」

 エナは持っていた燭台を捨てて頭の上に座るラファエルを呼んだ。
 にゃあ、と返事をするその鼻を掌で軽く覆った。

「あんま、吸わないで」

 この煙は小さな体には余りにも有害すぎる。
 ハンカチでマスクを作ってやりたいところだが、片手ではそれもままならない。
 だが、煙が有害であるのはエナであっても同じこと。
 呼吸をしないわけにはいかない以上、このまま此処に居ても自滅するだけだ。

「……冗談じゃない」

 活きるのだと、そう決めた。
 自分の心の赴くままに生きるのだと決めたのは、ほんの一月程前のこと。
 生きているのだとようやく実感しはじめたばかりだというのに、こんな所で終焉を迎えてなるものか。
 燭台も、小さなナイフも、この拳でさえも、壊れつくすまで足掻いてやろう。
 まずは、通気構のチェックだ。
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