砂漠の賢者 The Best BondS-3
「エナっ!」
大きな声が分厚い硝子を隔てて尚、耳に馴染んだ声が空間を震わせた。
「な……!? 他の警備隊はどうした!?」
狼狽した声を出したハセイゼンは警備隊の後ろへと回る。
その瞬間にエナの中に沸き上がったのは安堵ではなく、昂揚だった。
目の前に拓ける道がある。
まだ、前に進める。
まだ、生きていられる。
その事実一つに血がたぎる。
ここで肩の力を抜いてしまえない好戦的な性質は父親譲り。
戦わずにはおれない闘争心剥き出しの父親は、父親としては最低な男だったが、それでも今はその血に感謝する。
痛みも恐れも引いていく。
逃げ方を考えていた脳が攻撃への其れに転じた証拠。
エナはゼルが自分の望むことを成してくれることを微塵も疑わず、高らかに声を上げた。
「ゼル、頼んだっ!」
答える声は無かった。
ただ端が上がる口許が全てを伝えた。
光が、走る。
義手が、エディが煌めき、唸りをあげる。
繰り出される連続した光は吸い込まれるようにガラスの線に取って変わった。
それは絵画でも見るような幻想的な世界の一幕。
だが、エナは半眼で呆れた視線を向ける。
「……ヘンなトコ、職人肌だよね、あんたって」
内側に落ちた、切り取られた分厚い硝子。
それがまるで採寸したかのように見事な八角形をしていれば言いたくなるのも仕方あるまい。
しかもキャサリンがぎりぎり通れぬ程の大きさなのだから、器用という言葉だけでは役不足というものだろう。
「てめ、何遊んでンだよ」
隔てるものがなくなってからのゼルの第一声はなんとも肩の力が抜けそうな言葉だった。
片手でぶらぶらと三ツ又首の鳥にぶら下がっているのだから、ゼルとしては突っ込まずにはおれなかったのだろうが、それにしても遊んでいるのかとはあんまりだ。
「全くね。でも楽しいのは、これから!」
言いながら、エナはラファエル同様にキャサリンから手を離して飛び降りた。
打ち所が悪ければ死ぬのではないかと思える高さから躊躇することなく落ちてくるエナにゼルは一瞬目を剥いたが、その顔は黒煙に呑まれてすぐに見えなくなった。
空気の出口が増えたことで、煙が一斉に切り取られた硝子へと向かったのだ。