砂漠の賢者 The Best BondS-3
 煙を吸いすぎた為か、目の前がふわふわと揺れている。
 頭痛も、少し。
 一酸化炭素中毒。
 エナは冷静にその症状を理解していた。
 だからこそ、首輪を付けるチャンスは一度きりだ。
 それを逃してしまうと、自身の体調が危うい。

「さ、おいで」

 誘うように呟く。
 キャサリンが突っ込んでくる。
 エナは微動だにせず、キャサリンが間合いに入ってくるのを待った。
 三つの首がエナの目を狙う。
 エナはその嘴から逃れ、しゃがみこんだ。
 そして首輪を鳥ならではの細い足へとあてる。
 首輪が作動する音と共に――激しい痛みがエナを襲った。

「ぅぐ……っ」

 怪鳥の鋭い爪がエナの右肩に食い込んだ。
 丸出しだった肩は直にその攻撃を受けるしかなく、四本の爪によって抉られる。
 エナは三節棍でキャサリンの足を打つ。
 その衝撃はそのままエナの肩にも伝わってきたわけだが、大声をあげてゼルを心配させるわけにもいかない。
 足から力が抜けた隙にキャサリンの下から抜け出してエナは肩を押さえた。
 怪我と軽度の一酸化炭素中毒によって体が傾ぐ。
 と、そこへ。

「エナ、どうだ? こっちは終わったぞ」

 息一つ荒げぬゼルの声が聞こえたことでエナは意識を繋ぎとめた。

「……っ、ん、今行く」

 再び鎖に繋がれたキャサリンは、わけもわからず足掻くだけ。
 ぶかぶかの首輪にどれだけの拘束力が期待出来るかは甚だ疑問ではあったが、羽根をばたつかせている間は大丈夫だ。
 エナは煙と共に硝子をくぐった。

「エナ!?」

 ハセイゼンを追い詰めた状態のゼルがエナの姿に素っ頓狂な声をあげた。
 指先から滴り落ちる鮮血を見れば無理もないだろう。

「だいじょぶ、かすり傷。それより、早く行こ。もう此処に用は無い」

「かすり傷なんてモンじゃねェだろ!」

「いいから早く!」

 こんなところで倒れるわけにはいかない。
 それでも体はもう限界だった。
 さっさと立ち去らねば、ゼルに迷惑を掛けてしまうのは目に見えていた。

「お、おう。こいつはどうすんだよ?」

 こいつ、とは剣を突きつけられて震えるハセイゼンのことだ。

「あ。そうだった」

 見事に頭から存在が消し飛んでいたのは彼女の体調故か、それとも単に性質か。
 思い出したように目を向けると、エナはそのままハセイゼンの元へと歩み寄り、膝をついた。
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