砂漠の賢者 The Best BondS-3
「エナ……?」

 ゼルの声は明らかにこれからエナが取る行動への不安が滲み出ていた。
 殴り飛ばすなり、素っ裸にして縛り上げるなりするとでも思ったのだろう。
 普段のエナへの評価が知れるというものである。
 だが、彼女が取った行動は、殴りつけるでも蹴り飛ばすでもなく、勿論素っ裸にするでもなく。
 エナはハセイゼンの前で正座をして背筋を伸ばし、太腿に両手をついた。
 そして、がばりと音が鳴りそうなほど潔く頭を下げる。

「あたし達、このコ連れ戻しに来ただけなの。迷惑かけて、ごめん」

 御免で済む問題かどうかはさておき、非を認めるべきときには頭を下げる――それが例え動物の餌にしようと目論んだ人物に対してであっても。
 それは非常にエナらしいといえる行動だったわけだが、そのまさかの土下座――とまではいかないが――にハセイゼンはそれこそ珍獣でも見たかの如くエナを凝視した。
 よもや侵入者が頭を下げるなどとは夢にも思わなかったのだろう。
 だがこの一連の騒動でハセイゼンは確かに被害者でしかなかったのだ。
 時たま訪れる行商人から珍しい生き物が居る、と猫のような鳴き声の犬を買っただけなのだから。
 たったそれだけのことで屋敷に侵入者が入り、放火された上に強化硝子までが割られてしまい、あまつさえ剣を向けられるなどという恐怖を味わったのだ。
 これが被害者でなくてなんだというのだろう。
 さも謝ることが当然のように頭を下げたエナをハセイゼンはまじまじと見つめていた。
 その濁った瞳に、何かが閃く。
 が、頭を下げたままのエナは勿論気付かない。

「ゼル、それ、仕舞って」

「……わかった」

 それ、というのがエディのことだと悟ったゼルはエナの言葉通り剣を収めた。

「ほんと、ごめん」

 エナは再度謝罪の意を述べ、顔を上げた。

「……そうか、お前達が……」

 真っ直ぐに目を合わせたエナにハセイゼンは小さく呟いた。

「?」

 意味有り気なその言葉にエナは首を傾げたが、ハセイゼンからそれ以上の言葉が出てくることはなかった。


< 112 / 147 >

この作品をシェア

pagetop