砂漠の賢者 The Best BondS-3
 そこに限りなく重い想いを背負っているのだとリゼにはわかってしまった。
 出せぬ決断が、どういうことを意味しているかまでは図りかねたが、それでもそれが真実であるのだと告げていた――真っ直ぐな瞳が。

「そう、ですか」

 一言、呟く。
 その声は様々な色を孕み混迷していたとリゼは自身で感じた。
 けれど何を迷うことがあろうか。
 ハセイゼンはエナを撃てない。貴重な人質であるから。
 そしてエナが生きている限り、彼らは動けない。
 その膠着状態を解消する為に取る手段はいくつかあれど、リゼが選べるのは一つのみ。
 他の強行策に及ぶには、リゼはジストとの力量差を知りすぎていた。己が体で以て。
 リゼは考えた。
 本当に其れを選ぶのか。
 選んだ先にある結末に何が待つのか。

「貴女は、心底恐ろしい方ですね」

 彼女の瞳が全ての意志も思考も屈伏させる。
 己が選んだと思わせる決断までもが彼女の意志だとわかっていてもどうすることも出来はしない。

「そうやって貴女は自分を守ってきたんですか。……その手を汚さぬままに」

 エナは怪訝そうな顔一つしなかった。
 そうだ、とも、違うとも言わなかった。
 何を言っているの、とも聞かなかった。
 だからこそ、心が決まる。

「まあいいでしょう。丁度、顔を見るのも飽きていたところです」

 ピュィ――――。
 指笛が響く。
 リゼの、薄い唇から。
 ばさり、と羽音が空間を裂いた。

「な、にを……!?」

 剣を帯刀した男が小さく叫んだ。
 エナが目を大きく広げる。

「だ、め……っ!」

 血液を溢れさせる足が一歩動いた。
 それが、与えられた時間に出来る限界の行動だった。
 苦しげに細められた少女の瞳は痛みよりもこれから起こる出来事を憂いていた。

「……っ!」

 少女の体がぐらりと傾ぐ。
 今の今まで隣に立っていた筈の紅の男が崩れ落ちる少女を受け止めた。
 もう彼らの動きを制限するものは何も無かった。
 ハセイゼンの銃口はエナに向けられてはいなかったのだから。
 銃口は天井を仰いでいた。
 否、正しくいえば、天井から襲い来る其れ――怪鳥に向けられていた。

「逃げろぉぉおおっ!!」

 男の腕の中で少女が叫んだ。
 金髪の男が目を背けた。
 紅の男はそんな少女を見つめていた。
 伸ばされた華奢な手が宙を掴んだときには、もう、全てが遅かった。
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